2007

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WHAT'S

1万円で買えるアート展
ご来場いただきましたみなさま、
ありがとうございました。
ご購入いただいたTさん、
ありがとうございます。
グループ展にもなるべく参加して
広く見てもらうように
心掛けます。

連載-AMERICAN PHOTOGRAPHS-38
Waikiki,
Hawaii

私も若い頃はビーチで焼いていたけど、カンカン照りのビーチで平気な若くもない白人が多い。
それも、この人達は海を眺めないで、何でこっちを向いているのか?こんな風に写真を撮ったりする、人間を観察しているのであろうか。
暑いだろうから、頭にジャー!とシャワーがかかるように、シャッターをきった。

蜜柑狩り
11月末、落語家の奥さん家族に誘っていただき、
初めて蜜柑狩りに貝塚の山のほうへ行った。
いろんな木から取って食べ、
これはという木を選んで集中的に収穫した。
日当たりのよい木で、
小さくて皮の薄い蜜柑がおいしい。
写真のように、たわわに実っている。

小さなトランジスター・ラジオから流れるポップス、ロック、R&Bを夢中に聴いた中学生の頃より、ジャズ喫茶等に通い始めた1969年頃からはジャズ、ブルーズにも興味をもち、今日まで聴き続けてきました。
晴れのときも、雨のときもずっと一緒だった、私の大好きなミュージシャンたちのアルバムや曲を取り上げ感想を綴ります。 あなたのお好きなミュージシャンやサウンドが、私の[エンジェルズ・オブ・ミュージック]にあれば嬉しいです。
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連載38
Bob Dylan [Highway 61 Revisited] 1965年

42年も前の秋、小さいトランジスタ・ラジオから流れる「9500万人のヒット・パレード」という番組を、毎週楽しみによく聴いていた。当時はビートルズをはじめとしてイギリスのバンドが、ヒットチャートを席巻していた。そんな中にアメリカのミュージシャンの曲が出て来て、トップになった。それがボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」で、彼の歌声を聴いたのはこのときが初めてだった。「風に吹かれて」はピーター、ポール、アンド、マリーの曲として中学生の頃に知っていたが、ボブ・ディランの曲ということや、彼も歌っていることは全く知らなかった。ちょっとハスキーな独特の歌い方が、とても新鮮だった記憶がある。

プロテスト・ソングやフォークのヒーロー、リーダーなどど祭り上げられて彼も戸惑い、そんなイメージを守り通すのは、息苦しかったのかもしれない。ザ・バーズが彼の曲「ミスター・タンブリンマン」を、フォーク・ロックでカバーした。ディランはそれを聴いて、とても喜んだそうである。この感じだと思ったのかもしれない。この「ライク・ア…」をフォーク・ロックで録音するのである。ニューポート・フォーク・フェスティバルで、この曲を演奏したときは、フォークファンから非難ごうごうで、ステージから降らざるをえなかった伝説のエピソードがある。しかし、フォークのディランを知らない高校生の私は単純にカッコいいと思って聴いていた。そんな、若い世代には受け入れられて、ヒットチャートを昇っていったのである。ビ−トルズがどんどん変わったように、ディランもフォークという殻を打ち破って変わっていく。 といっても、彼は思うがままに曲をつくり歌っていただけだと思うが。

この「ライク・ア…」の演奏で耳に残るのがオルガン。これはアル・ク−パーで、ギターで参加していたマイク・ブルームフィ−ルドと、後に、かっこいいアルバム「スーパー・セッション」で共演をする。そのアル・ク−パーが12月7日に梅田のライブハウス「ビルボード」に出演したのを、聴きに行った。すっかり白髪になっていたが、元気でライブ・パフォーマンスを楽しんでいる姿を見て嬉しかった。ディラン曲を1曲演奏したが、私としてはこの「ライク・ア…」を聴かせて欲しかったのに、残念であった。

そんなことで、ボブ・ディランの数多くのアルバムで、みんな聴いているわけではないが、いちばん好きなのが最初に聴いたこの「追憶のハイウェイ・61」である。ブルース調の「悲しみは果てしなく」や「ライク・ア…」同様軽快な「クィーン・ジェーン」も好きだが、何といってもロックになった「ライク・ア・ローリング・ストーン」に思い入れがある。

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