「クライング・フィスト」 リュ・スンワン監督 2005年韓国

ボクシングの映画といえば「レイジング・ブル」「ロッキー」「どついたるねん」の主人公の存在感の強い映画を思い浮かべる。そして昨年は、コーチと選手の親子に勝る強い絆の「ミリオンダラー・ベイビー」、家族のためにがんばる「シンデレラマン」などがあり、続いてこの「クライング・フィスト」も今年上映された。これまでのものと少し違うのは、二人のそれぞれの人生を描きながら、最後にリング上で出会い闘うという展開になっている。この見せかたがうまいと思った。

ひとりは、アジア大会銀メダリストの40歳の男。そんな栄光に輝きながら、経営していた会社が倒産。借金を背負い、妻は子供を連れて出ていく。街の中でプライドを捨て「殴られ屋!男1分、女2分1万ウォン」という看板をかかげ、その日の糧を得る生活。このストリートのロケ・シーンはリアルである。この役に「オールド・ボーイ」でカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞、以後「酔画仙」「春が来れば」「親切なクムジャさん」そしてこの映画と様々な顔を見せる、韓国を代表する名優となったチェ・ミンシク。

ひとりは、母親はいつからいないのか分からないが、親に愛されることも知らず、学校もろくに行っていない19歳の青年。夢のようなものもなく、喧嘩やカツアゲで日頃のうっぷんを晴す生活。高利貸しの老人を襲って少年院に入り、向こう気の強さと持て余すエネルギーをボクシングに向けてはと、看守に勧められる。この役にリュ・スンボム、監督の弟だそうである。

新人戦を勝ち上がり、失いたくない家族の絆、ようやく見つけた夢、お互いの思いを胸にリングに上がる二人の男。試合は迫力十分の熱い闘い。私は40歳の男に思い入れて観たが、観る人によってどっちもあるだろう。最後の笑顔と泣顔に目頭が熱くなる。

連載-AMERICAN PHOTOGRAPHS-20
San Gabriel,
California

LA郊外のひなびた上映前のドライブイン・シアター。手前のポールにあるスピーカーを車に入れて音を聴く。

小さなトランジスター・ラジオから流れるポップス、ロック、R&Bを夢中に聴いた中学生の頃。 そして1969年、ジャズ喫茶等に通い始めた頃からジャズ、ブルーズにも興味をもち、今日まで聴き続けてきました。晴れのときも、雨のときもずっと一緒だった、私の大好きなミュージシャンたちのアルバムや曲を取り上げ感想を綴ります。 あなたのお好きなミュージシャンやサウンドが、私の[エンジェルズ・オブ・ミュージック]にあれば嬉しいです。 mail

連載20
Robert Nighthawk
[Black Angel Blues]
1948〜50、64年録音

先月に続きスライド・ギターつながりで、ロバート・ナイトホークである。エルモア・ジェイムスとは全く異なるスライド・ギター。戦前にはタンパ・レッドという単弦スライド・ギターのブルースマンがいたが、その流れをくむ名人である。ゆったりとした流麗なスライドに憂いを帯びたけだるいヴォ−カルがブレンドされ何とも味わいのあるブルースで大好きである。戦前から活動していた人なので、そのスタイルはマディ・ウォーターズ、アール・フッカーなどにも影響を及ぼしている。

70年代前半のブルース・ブームの頃に出た「ドロップ・ダウン・ママ」というチェス・レコードのオムニバス・アルバムにナイトホークの演奏が4曲入っていたが、このアルバムはそれらの曲も含め14曲で、そのうち4曲はエセル・メイという女性ヴォ−カル、バックの演奏がナイトホークである。残り10曲が彼の歌と演奏で、そのうち8曲は1948〜50年の録音で、2曲は時代が飛んで1964年の録音となっている。特に1949年録音の「Sweet Black Angel」はタンパ・レッドの「Black Angel Blues」をエレクトリック・ギターにしてカバーした曲である。それを聴いたB.B.キングがカウンター・パンチを食らってノックアウトというのは推測だが、かなり気に入ったようで「Sweet Little Angel」としてカバーし、今も彼の代表曲となっている。

また、同じくタンパ・レッドの曲「Anna Lee Blues」の間奏では同じフレーズを、いつまで続くのかと思うほど繰り返しスライドさせて、何処か遠くへ飛んでいくような気分になる。スライドの音は途切れずに音程が上下する一種のトリップ感覚である。1964年に録音した「Someday」はバディ・ガイ、ハープのウォルター・ホートンなどをバックにノリノリのブギウーギを演っていてなかなか良い。しかし、アメリカでは一般の嗜好がR&Bに移り変わり、レコードを発売しても売れないだろうと判断され、お蔵入りになったようである。

録音した曲も世に出ることもなく同じ1964年、映画「ブルース.ブラザーズ」にも出てくる、アレサ・フランクリンが食堂のおばちゃん役ではまっていた、シカゴのウエスト・サイドのマックスウエル・ストリート。その通りで日銭を稼ぐために演奏するナイトホークが録音されている。それがもうひとつのこのアルバム「Live On Maxwell Street-1964」である。ジョニ−・ヤング、ハープのキャリー・ベルなどをバックにちょっとラフなダウンホームな演奏の貴重な音源である。上記の代表曲も「Maxwell Street Medley」として演奏している。レコーディングの機会も少なく、シカゴ・ブルース・シーンで活躍してもいない不遇なブルースマンだが、ピカイチのスライドと憂いのあるヴォ−カルでブルースの歴史に名前を残している。

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2006