2005

愛・地球博より嬉しい
トヨタ博物館---1

愛・地球博に 行った際にこちらへも行って来た。名古屋からだと愛・地球博と同じリニモに乗って2駅手前で降りる。平日とはいえ全く混んでいなくてゆったりと観ることができた。

創成期の外国車や、トヨタ初の生産型乗用車から1960年代の国産の各メーカーの懐かしい車まで一同に見られる博物館である。今月は懐かしい国産車をいくつか取り上ます。

ダットサン・フェアレディ (1963)

国産初の本格的スポーツカーのSP310型。幌を装着したオープンカー。3シーターで後部席は横向きに座る変則型はスポーツカーだからスタイル優先。そして空色のボディー・カラーが軽快で、リアのランプが小さくて可愛いその後1600(SP311型)、2000(SR311型)へと発展。今もフェアレディは形を変えながら進化していっている。

トヨタ2000GT (1968)

多分にジャガーEタイプを意識したデザイン。ロングノーズで丸みのある美しいライン。典型的なスポーツカーの形をした車である。
下のオープンタイプは、「007は二度死ぬ」に使われたそうだが、ホイール・キャップがスポークでカッコいい。

マツダ・コスモスポーツ (1969)

1930年代からこの世に出た国産車で、最もスタイルがいいと断言できる車。古さを感じさせない未来的なモダンデザイン。2シーターなので前後が長く美しいバランスである。
もちろん性能も当時最先端のロータリー・エンジンを搭載して、1000ccながら2000ccを凌ぐ128馬力を発揮。このL10B型は1968年にマイナー・チェンジで強化され、時速200kmの最高速度を誇った。

ホンダS500(1964)

ホンダの自動車部門進出の足がかりとなった車。ヨーロッパ・スタイルの2シーター・オープンカーは、当時の若者に人気のスポーツカーであった。その後S600、S800とパワーアップしていった。

最初に勤めたデザイン事務所の先輩が、確かS600に乗っていて仕事の帰りに乗せてもらったことがあった。阪神高速を走ったが、ハンドルがレースカーのようによく切れるのが、印象に残っている。エンジン音も大きかった。

トヨタ・スポーツ800 (1965)

1961年発売のパブリカのコンポーネントにこのボディを乗せ、一般向けにコストを下げたスポーツカーで、価格は59万5千円。デタッチャブルトップというルーフで開放感のあるドライブができる790cc空冷2気筒エンジン搭載。パッチリしたお目めがチャーミングで赤がよく似合う。(下の写真はトヨタ博物館図録より)

 

いすゞ・ベレット1600GT(1966)↑

国産車で初めて車名にGT(グランドツーリスモ)をつけた1600GTを1964年発売。 あまりパッとしないフロント・デザインだが、リア・ウインドウのフレームが細く軽快な感じはある。当時オレンジ色の車を見かけたことがあるが、白よりスポーティでよく走りそうな印象があった。

いすゞ・117クーペ(1970)→

1968年に登場した117クーペは性能、居住性、スタイルと総合的に上質の車として注目された。ジウジアーロのデザインによるファーストバック・スタイルがエレガントだった。

 

ニッサン・プリンス・
スカイライン
(1967)

スポーティな装備をもつスポーツセダンで最も人気の高いスカイラインは、1966年に日産と合併する前のプリンス自動車の頃から国産車では最もカッコいい車だった。フロントのランプの周りを囲むクロームのフレームやスカイラインの特長となっていた丸いテールランプはサンダーバード・ロードスターを意識していたであろう。70年代からのスカイラインのデザインよりこちらのほうが好きである。

プリンス・グロリア
当時の国産中型車でいちばんデザインの良かったのは、左上のグロリアである。細かいパターンのフロントグリルとぐるっと車全体に巻かれたクロームのラインがピカッと輝いていた。ここでは見かけなかったが、黒塗りの三菱デボネアも高級車というかんじだった。

ニッサン・セドリック(1960)↑
私がセドリックで思い浮かべるのは、縦に並んだランプとフロントガラスがサイドまでカーブしているこのデザインである。

トヨペット・コロナ(1964)←
当時、上から斜めにカットしたフロントが新鮮だった。叔父さんに時々乗せてもらっていたので、このコロナを見たときは特に懐かしい気分だった。

 

連載-AMERICAN PHOTOGRAPHS-07
Niagara Falls, Canada

ナイアガラの周辺の木々は、夏にもかかわらず滝から舞い上がる水煙を浴びてしっとりと美しく、 一面緑の中にポツンとあった白い水飲み台が印象的であった。  

小さなトランジスター・ラジオから流れるポップス、ロック、R&Bを夢中に聴いた中学生の頃。 そして1969年、ジャズ喫茶等に通い始めた頃からジャズ、ブルーズにも興味をもち、今日まで聴き続けてきました。 晴れのときも、雨のときもずっと一緒だった、私の大好きなミュージシャンたちのアルバムや曲を取り上げ感想を綴ります。 あなたのお好きなミュージシャンやサウンドが、私の[エンジェルズ・オブ・ミュージック]にあれば嬉しいです。 mail

連載007
Herbie Hancock [Head Hunters] 1973

腕を組んで考え込んで聴いている間に寝てしまうジャズより、ノリの良いビートやスタンダードのロマンチックな方が好きだが、これはノリの良いジャズ・ファンクの中でも最も好きなアルバムのひとつである。50年代モダンジャズが隆盛を極め、60年代になってボサノヴァや「サイドワインダー」「テイク・ファイヴ」などの新しいビートのジャズが出てくる。そして、様々なスタイルに拡がる中1969年マイルス・デイヴィスはアルバム「ビッチズ・ブリュー」を出し、ジャズ・ファンクというスタイルが邪道なジャズと思っていたモダンジャズ・ファンにも認知されていく。

マイルス流ジャズ・ファンクは気合いを入れて向かい合って聴くという感じだが、このアルバム「ヘッドハンターズ」はビートにのって楽しめる。特に1曲目「カメレオン」はポール・ジャクソンのベースとハービー・メイソンのドラムの絡み合うビートは最高にカッコいい。リズムを刻むギターやサックスもいいが、ハッキリ言って前半の出しゃばるハービー・ハンコックのキーボードが邪魔である。途中ビートが変わって、当時の最先端のエレピのフュージョンのようになるが、私としては、サックスのソロをもっと入れて15〜6分を最初のカッコいいビートで突っ走って欲しい。

「ウォーター・メロン」はハービー・ハンコックの最初のリーダーアルバムで人気の曲だが、ここでは趣を全く変えて、ユーモラスにアフリカのジャングルの動物の鳴き声が響き合うイメージである。ゆったりとしたビートにソプラノ・サックスとエレピのソロがカッコいいサウンドである。3曲目に「スライ」という曲があるが、勿論、ファンクのスライ&ファミリー・ストーンからきていると思う。1971年に「暴動」という凄いアルバムを出しているが、それに何らかの触発をされたのだろうが、やや、がんばり過ぎな感じである。

そして、「ヘッドハンターズ」というタイトルから、やっとこのような角の付いたアフリカの仮面をコラージュして、アンプのつまみとメーターで顔にしてあるのも楽しく、ソラリゼーションのかかった写真をコントラストの強い色にした、インパクトのあるジャケット・デザインも気に入っていた。その後74年「突撃」75年「マン・チャイルド」76年「シークレット」と同じタイプのアルバムを出しているが、やはり最初のこのアルバムが印象深い。

what's news

スバル360(1958)

家族4人が乗れる国民車の開発にチャレンジするプロジェクトXを見たが、感動的であった。居住空間やサスペンション等の性能のみならず、丸みのあるスタイリングとかわいいマスクも素晴らしい。こんなレトロな雰囲気の車が好きな人も多いと思う。ミニクーパーやワーゲンはデザインが変わってしまったし、ボディとエンジンを大きくして装備を最新にすれば、人気の車となるのは間違いない。

マツダR360クーペ(1960)
軽自動車なのにスポーツカーのスタイリングというのがいい。漫画の主人公が乗っているようなイメージがある。キャロルにバトンタッチする1966年まで生産された。

マツダ・キャロル
当時、キャロルという名前が可愛いく新鮮だった。リアウインドーの真っ直ぐフラットなデザインが 変わっていて面白いと思った。

フジキャビン5A型(1955)←
初めて見たこの車は、日産自動車系のエンジンメーカーだった富士自動車の、当時画期的なFRPの3輪キャビンスクーター。空冷単気筒2サイクル・エンジンで最高速度は時速60kmだった。丸みのあるレトロSFなデザインがグーである。

その他にも懐かしい国産車がズラリと並んでいた。外国車は創成期から1930年代までは充実しているが、40年代以降の展示が少しだけなのが残念。レストランやカフェ、グッズを売るショップもあり、ゆっくり楽しめる嬉しい博物館である。6月につづく