印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載099
泥の河 日本 1981
監督:小栗康平

主演:田村高広、藤田弓子、加賀マリ子、朝原靖貴、桜井稔、柴田真生子、芦屋雁之介

友人のカフェ&ギャラリーで毎月2回開催しているシネマクラブで9月にこの「泥の河」を観た。1981年の制作だが、時代は1956年(昭和31年)であえてモノクロで撮影されていて、その頃の雰囲気がよくでている。安治川の川岸で食堂を営む家の息子「ノブちゃん」と対岸で船上生活をする「キッちゃん」とそのお姉ちゃんの「銀子ちゃん」の交流を描いている。ノブちゃんとキッちゃんは小学3年生だがキッちゃんは学校に行っていない。この二人は私と同世代で、少年の日々がみずみずしく、懐かしく思い起こされた。

ラジオから流れる「赤胴鈴之介」のテーマソング。大相撲のTV中継の栃錦と若乃花の対戦を近所の食堂のテレビをのぞき見している姿など懐かしい。彼等はノブちゃんのお母さんから50円ずつおこずかいを貰って福島の天神祭に行き、夜店をいろいろ見て回ってどれを食べようかと、心ウキウキのシーンが出てくるが、ポケットに穴が空いているんだよね。私もお祭りではないが小学生の頃、板垣退助の百円札を落としたときはしばらくショックだったことを思い出す。

がっくりして天神祭からキッちゃんの船に帰り、落ち込んだ気分を直そうとしてか、キッちゃんが「宝物を見せよう」といって河の中から竹ぼうきにくっついている蟹を出し、アルコール・ランプのアルコールに漬けて火を放つ「かわいそうだから、止め!」というノブちゃん。学校にも行けないキッちゃんは鬱積したやるせない気持ちをこういうことでしか発散出来ない。私の近所で2〜3つ年上の小学生の男の子も、ゴム銃に小石をはさんでいくつもの蛙を撃っていた。白い腹を上に向けてピクピクしているのを見て、私も残酷だなぁと思った。今になって思えば、キッちゃんと同じように彼も何か鬱積したものがあったのであろう。

燃えて逃げまどう蟹を追いかけていて、ノブちゃんは窓からキッちゃんのお母さんの夜の姿を見てしまう。泣きながら家に帰り押し黙ったままのノブちゃん、かなりのショックだったであろう。お父さんも様子のおかしい彼を見て、とうとう知ってしまってかと察する。私は中学生のときだったが、お祖父ちゃんの薬を貰いに医院を訪ねたことがあった。名前を告げると「どうぞ」言われて診察室の中まで入ってしまった。そこでは、看護婦さんが仰向けになって脚を広げてお医者さんに何かをされていた。「ちょっと待ってね」と言われた後、看護婦さんは平然として私の方へ歩いてきて、手には大きな注射器のようなものを持っていた。見るのは初めてだったが、なんとなく分かった。ビックリだった、目が思いっきり丸くなっていただろう。中学生だったから ノブちゃんほどでは無かったと思うが、ショックだった。しかし、次に医院を訪れるときに、そんな光景をまた期待してしまうのは、子どもの持つ純粋さが抜けていっていた私であった。

お金を落としたり、世の中をいろいろ見てショックを受けたりして大人になっていく。家の事情を考え、欲しいものや寂しい気持ちをグッと抑えて、家事をする銀子ちゃん。小学生で人生を達観してしまったかのような姿が愛おしい。ノブちゃんのお父さんとお母さんはそんな姉弟を分け隔てなく暖かく迎え、息子にも貧しくとも十分に愛情を注いで育てている美しい家庭である。戦後10年の高度成長にさしかかる前でまだ一般的に貧しかった日本では、親の様子を見てあまりものをねだったりはせず、親も子供の希望に十分応えてやれない分、愛情を注ぎながら厳しくしつけていたと思う。いつしか、欲しいものを買い与えることで愛情とすり替え、有名大学、高校を目指して塾へ通わせ、忙しく仕事やパートをすることで、親子が接する時間も少なくなって愛情が希薄になっていった一面もある日本の家族である。

優しいお父さんお母さんはもちろんだが、子供達の演技が上手く、少ない出演だがキッちゃんのお母さん役加賀マリ子も存在感があった。エンディングは、追いかける後ろ姿をだけで、せつなくてとてもいい。後日、この映画のことをカフェ&ギャラリーの近くの中華料理店のマスターに話したら、「その、キッちゃんのモデルになった人はときどき店に来はりますょ。」「へぇ、ほんまかいな」と、この偶然に驚いてしまった。
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