シルクスクリーン版画 グループ展
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次回に向けて、制作に励みたいと思います。


1964年、小さなトランジスター・ラジオから流れるポップス、ロック、R&Bを夢中に聴いた中学生の頃。 そして1969年、ジャズ喫茶等に通い始めた頃からジャズ、ブルーズにも興味をもち、今日まで聴き続けてきた数多くの音楽。 晴れのときも、雨のときもずっと一緒だった、私の大好きなミュージシャンたちのアルバムや曲を取り上げ感想を綴ります。 あなたのお好きなものが、この[エンジェルズ・オブ・ミュージック]にあれば嬉しいです。好きな理由、思い出がありましたらお聞かせください。 mail

連載001
ジェファーソン・エアプレイン [シュールリアリスティック・ピロー]
Jefferson Airplane/Surrealistic Pillow 1967

私にとって1964年ビートルズを初めて聞いたときの激震に続いて来た第2波が1967年のこのジェファーソン・エアプレインだった。当時のサンフランシスコのヒッピー・ムーブメントの事はニュースなどで伝わってきていて、少し前にスコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」のフォークの曲がヒットしていた。もちろんその曲も好きだったが、この「あなただけを 原題Somebody to Love」がもっともっと衝撃的だった。グループにとって2作目のこのアルバムから加わったグレース・スリックのヴォーカルと、曲の間奏のギターのカッコいい「あなただけを」[Somebody to Love]は最高である。まさに時代のサウンドだった。以後、サンフランシスコを中心としたベイエリアのグレイトフル・デッド、クイックシルバー・メッセンジャー・サービスなどとともにフラワー・ミュージックと呼ばれロック・シーンに影響を与る。このアルバムの曲がずべていいというものでもないが、もう一曲イントロが風変わりな雰囲気をもったドラッグ体験の「White Rabbit」がある。これはマイケル・ダグラス主演の映画「ゲーム」で流れていて、懐かしく聴いたのを覚えている。

ベトナム戦争激化とともに、ジェファーソン・エアプレインのサウンドも社会的な内容に向かっていき、私は他に興味が移ってしばらく聴いていなかった。1975年のサンフランシスコで、当時は若者の旅のスタイルだったバック・パッカーの定宿にしばらく逗留していた。そこの小さなロビーには木製の床置きの大きな古ぼけたラジオがあって、ヨーロッパや日本、アメリカ各地から来た若者が顔をつきあわせて、ラジオから流れる音楽を何気なく聴いているような感じで座っていた。そのラジオから、ちょっと気になるサウンドが流れるようになり、それがジェファーソン・スターシップと名前を変えていた彼等の新譜「Red Octopas」からのシングル・カットの「Miracle」だった。グループの方向性との違いからグレース・スリックポール・カントナー以外はメンバーが入れ替わり、バンドを離脱していたマーティ・バーリンが復帰をして自作のリード・ヴォーカルの曲だった。

この「Red Octopas」に興味を持って同じ1975年始めにでた「Dragon Fly」も聴いてみたが、アルバム最後の曲「Hyper Driver」を気に入って当時繰り返しよく聴いていた。時空を感じるサウンドで、宇宙の彼方から地球へ帰還してくるイメージが浮かんでくる。かってサンフランシスコにあった今では伝説となっているフィルモアを立ち上げたプロモーターのビル・グラハムのオフィス?ショップが当時ノース・ビーチにあり、そこで買った「Dragon Fly」のジャケットが大きく全面にプリントされたTシャツを好んでよく来ていたのを思い出す。その次のアルバムはあまり気に入らずその後聴かなくなってしまったが、80年代にStarshipとバンド名を変え「シスコはロック・シティ」という曲がヒットしていたが、全く別のバンドになっており、すっかり興味を失い聴かなくなってしまった。今も聴いているのは上記の3つのアルバムである。

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連載-AMERICAN PHOTOGRAPHS-01  
San Francisco, California

ヨガをする男。
人通りの多いケーブルカーの起点の
パウエルとマーケット・ストリートの交差点あたり。


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