連載098
過去のない男 [Mies Vailla Menneisyytta] フィンランド 2002  
監督:アキ・カウリスマキ
出演:マルック・ペルトラ、カティ・オウティネン

カウリスマキ監督の映画は不幸の中でも悲壮感はない。主人公も怒り、喚くでもなく日々淡々と生きている。金やものを奪うために記憶が無くなるほど殴ったり、蹴ったりするひどい奴らがいれば、瀕死の状態で倒れているところを助けて、家で介抱してくれる人もいる。この世は天国や地獄と違って悪魔も天使も住んでいるところである。手をさしのべるその天使たちは、コンテナを家にして住んでいる。豊かというのは、家や車やいろんなモノを持っていることより、どんな心を持っているかということをこの映画は語っているようである。

彼もコンテナに住むことになり、誰かが古いジュークボックスを持ってきてくれる。プールバーのようなところに置いてあったのだろうか?その中に入っているレコードの選曲がなかなかいい。30年前にはよく見かけられたジュークボックス。コインを入れて聴きたい曲の選曲ボタンを押してレコードがターンテーブルに乗るのを見ながら、イントロが始まるまでの間のわくわくする気分が懐かしい。ときには選曲ボタンの番号を押し間違えてコテコテのド演歌が流れたりして、こんな曲が好きなのかと思われるのがひどく恥ずかしかったこともあった。主人公はコンテナの家でロバート・ジョンソン?のブルーズやかっこいいロックン・ロールを聞いていた。生活環境が悪くても、好きな音楽を聞けば癒されたり、元気づけられる。音楽は生活には欠かせないものである。

恵まれない人々のための救世軍には、フィンランドの民謡のような地味なフォークソングを演奏するバンドがあった。そこで仕事をはじめた主人公は、そのバンドにもっと多くの人が楽しめる音楽を演奏したらどうかとアドバイスをする。そして、彼等を自分のコンテナハウスに彼等を呼び、ジュークボックスの音楽を聞かせる。バンドはロックン・ロールを演奏するが、その音はかって3〜40年前の北欧のバンドの ザ・サウンズやスプートニクスを思わせるギターがシングルトーンのすっきりした音で懐かしかった。

日本のクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」という曲が出てくる。映画の中で日本語で歌われているのが不思議な感じである。その他に監督が曲のタイトルをつけた「Motto Wasabi」という曲も出てくる。[ラヴィ・ド・ボエーム]でも「雪の降る町を」が流れていた、日本好きのカウリスマキ監督である。列車の食堂で日本酒と和食が出てくるのも変で面白い。

映画のチラシに「人生は前にしか進まない」というフレーズがある。もっともである。あの日に帰りたいと思っても人生は前にしか進まない。できるだけ楽しかった思い出を心のなかにいっぱいにして、前を見て進んで行くだけである。過去のことが空白になってしまった男は、前にしか進みようがない。しかし、名前も住所もない状態では社会の中で生きていくのに障害が多く仕事にも就きにくい。そんな彼にも、ささやかな幸せをもたらしてくれるエンジェルが‥‥。観ていてほんわかとした幸福感に。

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