謹 賀 新 年

昨年12月にギャラリー・きらら倶楽部で のカレンダー展にご来場 いただきありがとうございました。また、カレンダーをお買い上げいただいた方には心からお礼申し上げます。

今年は個展をする予定ですので、ご高覧いただきますようお願いいたします。 と言っておいて、プレッシャーをかけないとやる気を出さない自分に言い聞かせています。

 

8人の女たち  フランソワ・オゾン監督・脚本 
フランス2002年 

ミュージカル・コメディ・ミステリーというような映画。フランスの女優が多数出演している。雪で閉ざされた朝に邸宅で主人が殺されていたところから始まる。踊りや歌もあり、話が進むほどに8人の女たちの秘密が次から次へと暴露されていく。ミステリーというような犯人探しがメインでは全くなく、彼女たちの秘密が暴かれるところが面白い。

いつまでも美しい、妻役のカトリーヌ・ドヌーブは[シェルブールの雨傘]や[昼顔]のような若き頃の美しさとは違い、すごく華やかで貫禄のあるマダムという感じ。[美しき諍い女]のエマニュエル・ベアールはメイド役だが、メイドの服の胸の白いシャツのようなものを取ると、胸元も露わに目つきがセクシーな女に変わるのも流石。主人の妹役のファニー・アルダン[隣の女]は、大輪の花という感じ。黒いコートに赤いドレスのコントラストが素晴らしく鮮やか。ヒステリックなオールド・ミスで妻の妹役のイザベル・ユベール[ピアニスト]も服を着替えて美しく変身して登場する。チラシによると、50年代のディオールの「ニュールック」をモデルにした衣装だそうである。

舞台劇のように、ほとんど玄関ホールとリビングで話が繰り広げられるので映像的には変化がない。しかし、壁紙のストライプなどがドールハウスを連想させるカラフルなセットに色とりどりの服も、なにやら柔らかく美しく調和していい色のトーンになっていた。このカメラ・ワークが、いちばん気に入ったところである。
大阪はテアトル梅田、心斎橋シネマ・ドゥで上映中

 

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載061
カッコーの巣の上で[One Flew Over The Cuckoo's Nest]USA 1975
監督:ミロス・フォアマン

主演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ウイル・サンプスン

原作を書いたケン・キージーはかって50年代後半に病院でLSDのアシッド・テストに参加していたそうである。そこで実験のBGMを演奏していたのが、後のグレイトフル・デッドだった。そのときの病院の体験をもとにした小説がこの「カッコーの巣の上で」である。この本はベトナム戦争の最中、カウンター・カルチャー(反体制文化)を支持する若者に愛読された。

厳しい規律の中で押さえつけられた不自由な暮らしをしていた精神病院の患者達。そこに、刑務所の強制労働を嫌がって精神病のふりをした男がやって来て、精神病院に変化が出てくるが‥‥。写っていないTVに向かっての野球の実況。聾唖の大男とのチューインガムのシーン。魚釣りに出かけたときのドクターになりきる患者達の面構え。そして、自由へ羽ばたく最後のシーンなど、思い起こせば感動的である。枕を顔にかぶせるシーンは、ジャン・ジャック・ベネックス監督が[ベティ・ブルー]でこの映画を参考にしている。

精神病院対患者は権力対個人の関係。異端は排除される体制の怖さ。自由の素晴らしさを表現した映画である。今、北朝鮮のことがTVでよく伝えられている。自由にものが言えない。言えば密告されて出られなくなる収容所行きなど、この映画以上に恐ろしい現実がある。ミロス・フォアマン監督も出身のチェコスロバキアからアメリカに亡命した経験があり、肌で実感したことであろう。この映画と後の[アマデウス]で2度のアカデミー作品賞、監督賞を受賞している。

友人に借りたCDでマントバーニ・オーケストラの[シャルメーヌ]を聞いていたら、映画のなかで何度か聞いた「メディスン・タイム」という病院内放送を思い出した。

連載062
雨月物語 日本 1953
監督:溝口健二 

主演:森雅之、京マチ子、田中絹代

1990年頃に堂島にあった大毎地下劇場で見たが、無くなる扇町スクエアの映画館のファイナルとして日本映画が特集されたので12月半ばに見に行った。高校生の冬休みに小泉八雲の「KWAI-DAN」の英文の本を、教材として渡され辞書をひきながら読んだことがある。その中にあった話とこの映画のエンディングが似ていると思った。映画は上田秋成の「雨月物語 」の二つの話から脚色されている。

なんといっても、宮川一夫のカメラ。夜、ほのかな灯りの点った屋敷の幽玄な雰囲気や、霧におおわれた琵琶湖を船で行く幻想的なシーンはすばらしい。京マチ子演じる妖艶な若姫の魔力に男が引き寄せられるのは無理もないが、彼女に仕える老女が不気味である。

男は自分の作った陶器を町で売りお金を得ても自分のために使うのではなく、妻の着物を買うような妻思いのやさしい働き者である。その弟も百姓から侍になって出世を目指すのも彼の妻に認められたいがためである。亭主関白が幅を利かせていたような50年代の映画なのに、溝口監督も妻に対しては、やさしい心使いの人だったのであろうか。

妻と子どもが家で彼の帰りを待っていたのに、落ち武者に襲われ殺されるシーンが途中にある。このシーンを入れないほうが、最後がもっとドラマチックになると思うのだが、50年もまえの映画なので、その時代としては解りやすく創ったのであろう。愛する妻の霊がいつもそばで見守っているというのは嬉しいようで怖い。

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