ボーリング・フォー・コロンバイン(カナダ 2002)
監督:マイケル・ムーア

今年のアカデミーでドキュメント映画賞を受賞したマイケル・ムーア監督。その時のブッシュ大統領に向けて痛烈なスピーチをしたのは記憶に新しいところである。ドキュメントはTVではよく観るが、映画館で観るのは久々だった、上映の30分も前に着いたにもかかわらず、立ち見で観たのも久しぶりのことだった。映画の日だったということもあるが、アカデミー賞受賞とイラク戦争のこともあってか感心の高さを感じた。映画が終わって拍手が起きるのも、最近では珍しいことであった。

銃によって亡くなる人は、アメリカが世界でダントツに多いのは周知のことである。映画のイントロで監督が、ある銀行で口座を開くと銃がもらえるという広告を見て、申し込むシーンがある。一応、簡単な調書に記入する必要はあるが、気軽に手に入れることが出来、多くのアメリカ人が持っているので、当然死者が多いのはあたりまえである。しかし、隣のカナダの人も狩猟などの銃を持っている人は多いが銃によって亡くなる人はずいぶん少ない。彼らは家の鍵を殆どかけていないそうだ。これはカナダでも田舎のほうであろう。知人のカナダ人に聞いてみると、モントリオールでは鍵をかけているそうである。とはいえ、アメリカ人とは恐怖心がずいぶん違うようだ。人間がおおらかということなのか?

映画の中にアニメ[サウスパーク]によく似た絵で、アメリカの流血の歴史が出てくる。イギリスで迫害されたピューリタンが新天地を求めてアメリカに上陸したときから、アメリカ白人は常に恐怖心を抱いていて、身を守るために銃は手放さず今に至ったということである。しかし、アフリカから連れてこられて奴隷にされたり、KKKによる黒人狩りの時代の黒人の方がもっと恐怖だったであろう。イラクが危険な国だから、さっさとミサイルを撃ち込んでしまえ!というのも、やられる前にやってしまおうという恐怖心の裏返なのか?。

必要以上に怖がらせるマスコミの過剰な報道が問題である。また、ハリウッドで大量に制作される銃乱射のバイオレンスやスリラー、サスペンス映画も恐怖心を煽る要因である。だから「銃が必要だ」となり、怖いのですぐ銃に頼ってぶっ放してしまう。弾を1発5000ドルにすれば、そうむやみにぶっ放さないだろうというジョークは面白かった。

放送禁止用語連発の[サウスパーク]の作者のマット・ストーンは高校生による銃乱射事件のコロンバイン高校の卒業生であるが、どんな学校なのか彼にインタビュー。銃乱射事件の高校生が好んで聴いていた理由でコンサートが中止されたマリリン・マンソンがインタビューに答える的確な意見。事件のあったところで直ぐに集会を開く、無神経なライフル協会の会長チャールトン・ヘストンへのインタビュー。銃乱射事件の高校生が銃弾を買ったKマートへのアポなし突然インタビューなど、解りやすくユーモアをまじえて鋭く銃社会アメリカをえぐるドキュメンタリーである。

監督のベストセラー著書の[アホでマヌケなアメリカ白人]で語られるアホでマヌケなアメリカ白人はこの映画をどう観るのであろう。 映画の中でビートルズの[ウォーム・ガン]が流れるが、まさに撃つのはウォーム・ガンだけになれば世界は平和である。でも、無差別な乱射は問題である。バンバンチュウチュウ〜。
■大阪は梅田ガーデンシネマ、なんば敷島シネポップで上映中。

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載067
ノスタルジア[Nostalghia]イタリア 1983
監督:アンドレイ・タルコフスキー

主演:オルグ・ヤンコフスキー、エルランド・ヨセフソン、ドミツィアナ・ジョルダーノ、パトリツィア・テレーノ

脳裏に残るエンディングの素晴らしいシーンをもう一度見たくて、3月下旬に大阪西区九条にあるシネ・ヌーボーに行った。映画詩人といわれるタルコフスキー監督がソ連を出て、イタリアで撮ったものである。イントロの霧のかかった湖に佇む女性と子どものモノクロのシーンがいきなり美しい。主人公が故郷を想う夢である。18世紀のロシアの作曲家がイタリアに留学した足跡をたどって、ソ連の詩人がイタリアを旅をするというストーリー。ワンシーンが長いのでゆったりとはしているが、直ぐにちょっとウトっとしてしまった。しかし、たまに美しいショットが出てくるので、寝ているわけにはいかないが、睡魔が襲う。

プールのような温泉の湯治場の村に、変わり者の男がいて、蝋燭の火を消さないように湯治場を渡れば世界が救われると話す。何のこっちゃ?である。ソ連の詩人は蝋燭を持って歩く。長まわしのこのシーンは風に揺れる炎が消えてしまわないかと見入ってしまう。

うっとり、うとっとしながら進む長い道のりがあるからこそ、右の写真のこのエンディングがより素晴らしく思われる。小屋の前に座る男と犬。ゆっくりとズームアウトされてまわりが見えてきて雪も舞うシーンが、今回観てもやはり感動的である。ローマ郊外のサンガルガノ大聖堂の廃墟で撮影されたそうだが、すごく高さのある廃墟が印象的である。

タルコフスキー監督はこの映画の後イタリアに亡命し、1986年[サクリファイス]を撮って、同じ年に一生を終える。54歳だった。

 

連載068
ブロードウェーと銃弾[Bullets Over Broadway] USA 1994
監督:ウディ・アレン

主演:ジョン・キューザック、ダイアン・ウィースト、ジェニファー・ティリー、チャズ・パルミンテリ

[ラジオ・デイズ][ギター弾きの恋]とこの[ブロードウェーと銃弾]の共通点は、ウディが主演しないで監督に専念した映画である。ほんまは出たかったが、ギターが弾けなかったり、自分の子供時代や若い脚本家にはなれないのであきらめたのであろう。彼が監督に専念したこの3本はどれも大好きである。その他[カイロの紫のバラ][アリス]などがある。先日、彼の新作の[スコルピオンの恋まじない]を見たが、ウディが主演では、定年をとっくに過ぎたような保険会社の敏腕?調査員と女盛りの社長秘書とのなりゆきには無理があるなと思った。今後は、監督に専念するほうがいいのでは。

この映画は彼のなかでも笑い度の高い作品である。若い作家が芝居の脚本をプロデューサーに持っていくが、余り乗り気ではない。しかしある日、スポンサーが見つかったので会いに行こうという電話がある。会ってみるとそれはギャングのボスで、条件として自分の情婦を出演させることだった。こうしてキャスティングがきまり練習の日々が過ぎていく中で、いろいろ変化が起きてくるのが面白い。特にボスの情婦を連れてくるボディガードの男がベリーグーである。その男の的確なアドバイスに、みんなが納得してシナリオがどんどん変わっていき、ついには俺のシナリオとまで言い出す始末。調子に乗ってとんでもないことを、やらかしてしまう。

ウディ・アレン監督のタイトルは、黒バックに白抜きでいつも同じ古い書体を使っている。違うのは渋いジャズが選曲されて流れていることである。曲を選ぶのは楽しんでいると思われるが、黒バックで同書体というのはいちいち考えるのが面倒なのだろうか。それとも、彼のスタイルとして統一しているのであろうか。まあ、そうなんだろう。観る方としてはタイトルのデザインも楽しみにしているんだけれども。

ニューヨークを良く知る監督ならではの、深まる秋のセントラルパークが美しく撮影されている。歩き回るには疲れる真夏の暑いときと、クリスマスのデコレーションに飾られた美しい街並だったが、すごく寒かったときに訪れたことがある。是非、美しい晩秋のニューヨークを訪れてみたいものである。
what's news

今年のソメイヨシノ

昨年に比べ1週間ほど開花が遅れ4月5〜7日がピークだった。その後雨が降り、花が散り始めた。写真は雨の翌日に自宅近くで撮ったもので、ブランコの下の土の掘れたところに花びらがたまっていた。2週間ほどの美しい季節が今年も過ぎていった。

八重桜の花びらが敷き詰められた道に佇んでいると、鳩がやって来た。食べ物をくれないと分かって、さっさと去っていった。