ビバリーヒルズとは全く異なる別世界、タートルヒルズの画仙人宅訪門

京都府タートルヒルズの人里離れた山中に友人が住んでいて、私は夏・秋に別荘として遊びに行っている。何やら内装を変えたというので興味もあり、昨年の暮れに京都で所用のあと、四条烏丸で落ち合い一杯やってからおじゃまさせていただいた。家のまわりは真っ暗で、星が大阪市内で見るのとは雲泥の差で澄んだ冬の夜空にたくさんちりばめられて美しい。

冬に行くのは初めてだったが、夜の家の中は吐く息が見えるほど寒い。というのは、山の中というだけでなく彼のデザインによる家の造りに理由がある。ドアを開けるとネコの額ほどの靴を脱ぐスペースがあり、いきなり広いリビングがある。そこは、三角屋根の2階まで吹き抜けで天井が高い。中央に太い梁があり、そこに長い蛍光灯が2本くっついている。取り替えるのが命がけの作業であるが、最近取り替えたそうだ。そんなことで、暖房が石油ファンヒーターぐらいでは、利かないので、リビングの中にビニールハウス的空間が作られている。いろいろ工夫しながら楽しんでいる暮らしぶりを紹介します。

中へ入ってみるとコーランの屏風を背に炬燵があり激しいヘビメタの流れる中、天才ダリの映像を見ながらネパールの酒を飲み、ルーツはモンゴルであろうという顔つきの画仙人の特製パエリアを食べるというグローバル?な「画仙人ワールド」である。
奥に見える白いキャビネットはビニールハウスの外にある。
裏山で切ってきた木の枝を白く塗り骨組にしてあるが、木の曲がり具合がなかなか面白い。透明のビニールなので圧迫感はなく、蚊帳の中に居るようなくつろぎがある。

テーブルの上には、サボテンなどを植え込み、石やミニチュアの動物を配した盆景がある。その他にも、お菓子のおまけの動物が行進しているように並べられている。柵の中の岩と貝殻がシュールで面白い。

左の写真は、画仙人が転がり落ちたという岩山、ではなく2階への急な階段の上からの眺めである。左に見えるのが観音開きの玄関ドア。

右の写真は急な階段の中程から見たビニールハウスの上の部分の眺め。青空のような壁の向こうの2階は画仙人もあまり入ったとのない神聖な?恐怖の?謎の部屋がある。
こんな風変わりな画仙人も、霞ばかり食べていても腹が減るので、時々山を下りて京都市内の大丸北側のウィングス京都で絵画教室を開いている。興味のある方は是非参加してみてはいかがでしょう。
詳しくは TEL 07712-6-2754 画仙人まで

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。


連載037
ペーパー・ムーン[Paper Moon] USA 1973
監督:ピーター・ボグダノビッチ
主演:ライアン・オニ−ル、テータム・オニ−ル

親子かもしれない二人を本当の親子が演じている。幼いテータムがお父さんを相手に抜群のうまさである。2〜3本の映画に出演しただけで、結婚して辞めてしまったのが残念だ。ボグダノビッチ監督は古き良き時代の映画がかなり好きなのであろう。前作[ラストショー]も50年代はじめの頃のストーリーである。今回はチャップリンの[キッド]を思わせる。そんな古き良き時代の映画に敬意を表して、あえてモノクロで撮っている。30〜40年代の写真家ウォーカー・エヴァンスのような映像が美しい。

郊外の通りを向こうから車が来るショットは印象に残っている。車、家、街の店先や店内のようす、ホテル、服装のファッション、ラジオと流れてくるスウィング・ジャズなどモノクロのスチール写真が動くような映像である。アメリカ中西部のカンザス・ミズーリ辺りの、ほとんど畑ばかりの風景は空が広く気持ちよい。さほど長くない距離だが、ロード・ムービーである。

聖書販売詐欺師のモーゼと娘?の店での換金のだましの技や、聖書を届けてお金を貰うとき、モーゼの後ろからタイミングよく言う生意気な娘の絶妙な値段の付け方が面白い。こんな環境で育ったら、頭の回転がいいだけにとんでもない女詐欺師になるだろう。 ニセ親子がまさに本当の親子のように心をかよわせていく二人の行く末は、水平線まで続く一本道の彼方へ。


連載038
ニュー・シネマ・パラダイス[Nuovo Cinema Paradiso]
イタリア・フランス 1989
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ

主演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、アニェ−ゼ・ナ−ノ

TVが普及する以前昭和30年代半ば頃迄は、映画は娯楽の王様だった。どの街にもいくつもの映画館があり、老若男女、子供で溢れていた。昼間に映画の途中から入ると館内は灯りがなく、暫く目が慣れるまで身動きできなかったり。煙草がOKだったので、煙の中に映写の光が通って見えたり。映写機が途中で止まる事も時々あった。鞍馬天狗が馬で駆けつけるときは、みんなで手を叩いて「早く、早く」と叫んでいた。キーを叩いていると、いろんな事を思い出してくる。

東京にいた幼稚園の頃、おばあちゃんがどこかで貰ったチケットで映画に行くとき、よく連れて行ってもらった。恐らくどんな映画が上映されているのか、知らずに行っていたから、包帯をぐるぐる巻いた透明人間と裸の女がベッドに寝ているような、とんでもないものも平気で見ていた。そんな映画が、いちばん記憶に残っている。スラプスティック喜劇も憶えている。アチャコのレストランにエンタツが来て、ステーキを注文する。シェフのアチャコは店の裏へ行って、生きてる牛のお尻をスパッと切るが、牛は平気で尻尾を振っている。出されたステーキがすごく固くてナイフで切れない、エンタツと他の客がくわえて引っ張るとゴムのように伸びる。そこへアチャコが来て包丁でチョンと切ると、エンタツと客が椅子ごとひっくり返るという映画。子供の私には馬鹿受けだった。小学生の頃、隣のお兄ちゃんに連れて行ってもらった映画は、モノクロだが赤と青の色がずれて見えると赤と青のセロハンのメガネをつける。すると、画面が立体になる。これは驚きだった。

子供を連れて行くときはお菓子を持参するのは必須である。映画を見ながら子供はつい話しかけてくる。そんなとき私のおばあちゃんは、ビスケットをくれた。いろんな動物の形をしていて、白・黄・黄緑・茶などの色をした砂糖のかたまりが片面についていた。それをモグモグ食べていると、とりあえず黙っている。ある日、横を向いて話しかけたら知らないおじさんだった。あれっと思ったが、そのおじさんは私の話しかけに「うん、うん」とうなずきながらキャラメルをくれた。私は反対側をむいて「キャラメルもらっちゃった」とおばあちゃんに見せた。間違えてすごい恥ずかしかったが、得した気分で嬉しかったこともあった。

このニュー・シネマ・パラダイスを見て、イタリアの映画館も昔は同じような感じだったんだなと、懐かしく思った。上映している映画に確かブリジット・バルド−の[素直な悪女]をやっていた気がする。その他に、ジーナ・ロロブリジータやソフィア・ローレンも銀幕で輝いていたであろう。映写技師のおじさんと子供の交友が微笑ましく、なんといってもおじさんが残してくれたプレゼントにはジーンときてしまった。
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