[ゴーストワールド] テリー・ツワイゴフ監督 (USA)

アメリカの人気コミックスの映画化だそうだが、何処にでもありそうな街や学校。イーニド(写真右)とレベッカは幼なじみの仲良し。レベッカは、すっきりとした服のセンスのかわいい娘だが、イーニドはエキセントリックで変わったものを好むタイプ。本音をズバズバと言う毎日、字幕スーパーの日本訳だが「ゲロダサ」にはマイッタ。二人でいるとレベッカばかり男に声をかけられ、いつもジェラシーを感じているイーニド。

ツマンネェ学校は終わったと卒業式の後、帽子を投げ捨て踏んずけて清々したと思ったら、イーニドの卒業証書に美術の補習を受けないと卒業させないとメモがあった。イーニドの補習は興味深い。おそらく授業の課題を提出してなくて補習に出るヤツらだから、もっとヤル気のないはずだがちょっとデキが良すぎである。みんなの前で制作したものについて先生が意見を言ったり、自分の制作コンセプトを説明したり、生徒が意見を交わす。アメリカは学校の頃から議論をする習慣がついていて、自分の考えをはっきり言うようだ。当時の私と比べると大人っぽい。

小さいころから欲しいものは親に買ってもらってだいたい手に入るから、日本と同様アメリカのイーニドとレベッカも一生懸命働いてというようなガンバル気力が始めからないようだ。当面の生活はバイトで何とかなる。問題は、自分のやりたいことを見つけてのめり込めるか、何も見つけられないままシラケてしまうかである。日本では私自身もそうだったが、学校を出ても親と同居でスネをかじるパラサイトでいつまでも大人になれないピーターパン症候群が多いい。子離れがなかなか出来ず、結婚式の費用など自ら進んでスネの骨までしゃぶらせる甘い親も多くいる。アメリカの場合違うのは、学校を出ると親と離れて暮らしたがる子が多いい。独立心が強く、早く大人になっていく。ただ、日本は高い権利金だの家賃だのと、独立しにくいことはあるが。二人は特にやりたいことも無く、バイトをしながら二人でアパートを借りようと話し合う。

イーニドとレベッカは新聞の彼女探しの広告を見ていたずらの留守電を入れ、ダイナーにやって来るヤツを黙って観察し、家まで尾行する。彼はレコード・コレクターおたくのオヤジ(ファーゴに出演のスティーブ・ブシェミ)。後日、彼のガレージセールでイーニドは昔のカントリー・ブルーズのLPを買う。若いのにそれが気に入り繰り返し聞き続け、オヤジに興味をもつ。私はブルーズが好きだがカントリー・ブルーズは地味なので詩が解らないと退屈してしまう。ブルーズを聞いて歌詩が聞き取れるというのは、羨ましい限りである。「彼女と一緒に居られるのなら、悪魔に魂を売ってもかまわない…」というような詩で、ブルーズはするめのように噛むほどに味わい深く面白い。反面、字幕スーパーで歌詞が解ってアホらしいのもあった。ライブハウスのシーンで白人のブルーズ・バンドがノリノリで「今日も朝早くから、綿摘みの仕事をする…」と演奏していたが、おまえらが歌う曲かとつっこみを入れてしまいたくなった。

イーニド役のソーラ・バーチは[アメリカン・ビューティ]にも娘役で出演しているが、映画の雰囲気が何となく似ていて、この映画では友人と街の人達との交流を描いている。コーディネイトを工夫しておしゃれを楽しみながらも、恋や仕事がままならず、自分の将来がボンヤリと不安だったりする情緒不安定な若き日々。エンディングはもっと元気に終わって欲しかった。
9/14まで梅田ガーデンシネマで上映中。        

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載029
誘惑のアフロディーテ [Mighty Aphrodite] USA 1995
監督:ウッディ・アレン

主演:ウッディ・アレン、ミラ・ソルビーノ、へレナ・ボナム・カーター

デザイン界は90年代始めよりデジタル化になって来て、96年ごろはデジタルの大波が押し寄せ、もたもたしているアナログの私は、波に乗れずアップアップの状態だった。イラストレーターのAさんに「私の知ってるデザイナーで、パソコンを使っていないのはあなたとあと1人だけ」と言われていた。そんな溺れそうな私に助け船を出してくれたのはデザイナーのTさんである。全く解らない私に日本橋へ付きあってくれ適当な機種を選び、接続・設定もしてくれた。その後もマスター本を見ながらの悪戦苦闘だったが、解らないところをTさんやデザイナーのKさんに教えてもらって、ほんとに感謝している。パソコンを手に入れる前と思うように動かせない頃はEveryday I Have The Blues. 憂鬱で気分が沈んでいた。

そんな時この映画を観て元気づけられたのを覚えている。ギリシャ悲劇をベースにした人生のすれ違いの話で、ウッディ風に現代の喜劇?になっている。最後のシーンでギリシャの神殿のようなステージで歌にあわせて生き生きと踊るシーンがある。スタンダードの[When You're Smilin']である。「君が微笑めば世界が微笑む、だから元気を出して微笑んでごらん…」てな、ちょっと気恥ずかしい感じだが、その時はオラの心にグッと来たですダ。

だいたいミュージカルは苦手である。観ていないから、えらそうに言えないが「サウンド・オブ…」のようにクリーンで健康的というやつ。映画の途中いきなり歌いだされると、気後れして引いてしまう。それも、美しいメロディもカッコいいビートもない、歌詞がメインの歌を声楽の歌唱で声を張り上げられても退屈してしまう。ジャズのスタンダードの曲はもちろんミュージカルからのものが多いいが、星の数ほど上演された中から、色んな人に取りあげられて歌われ、演奏されて生き残った曲である。しかし、ウッディ・アレンの[世界中がアイ・ラブ・ユー]のように、病院で包帯をぐるぐる巻きにされて担架で運ばれているけが人や点滴のポールを引きずってよろよろと歩いている患者が、音楽が鳴っていきなり元気に踊りだすような、無茶苦茶なものは好きで、まぁ、コメディだとOKである。そんなことで、このアフロディーテのミュージカル・シーンはエンディングだったので違和感なくよかった。

映画はミラ・ソルビーノのほんわかとした、かわいい魅力にノック・アウトだった。ウッディはミア・ファーロウとの離婚や養子の事でトラブっていた頃の映画は不調だったが、それが終わってからのこの映画は、軽やかでのびのびとつくられている。彼女に迫られているシーンは、うれしそうにヘラヘラである。ミラ・ソルビーノはこの映画で第68回アカデミー賞助演女優賞をはじめゴールデングローブなども受賞。チラシによるとアフロディーテとは、ギリシャ神話に登場する愛と美の女神。その美しさに魅せられた神々は、みんな彼女を妻に望んだ、とある。


連載030
軽蔑[Le Mepris]France 1963
監督:ジャン・リュック・ゴダール

主演:ミッシェル・ピコリ、ブリジット・バルドー、ジャック・パランス、フリッツ・ラング

[勝手にしやがれ]から5作目のゴダールの作品。これはTVで見たのだが、気に入ってヴィデオを消さずに保存している。カラーで撮られているが、流石、ゴダール監督。カラーだからいろんな色があるのだが、ソファーと車と服の赤と地中海の青を際立たせている。印象では赤と青の映画である。他にもストーンズの[ベガーズ・バンケット]の録音風景を映画にした[ワン・プラス・ワン]を見たとき最後のシーンで赤い旗と黒い旗が青空を背景に風に揺れていた。その短いショットが素晴らしく美しかったのが印象的だった。色の映像の人である。

出演の人も興味深い。フリッツ・ラングはサイレント後期の1927年、[メトロポリス]のドイツの映画監督である。80年代にジョルジオ・モルダーが散逸したフィルムを収集して新編集をした新版を見たが、凄いセンスの人である。ゴダール監督の敬愛する人なのであろう、映画ではそのまま監督の役で出ている。

イントロは当時29歳ぐらいのセクシーなB.バルドーが、朝ベッドに裸で横たわるシーンから。「私の脚、好き?」男は「ウィ」。「私のお尻、好き?」「私の乳首と乳とどっちが好き?」(そういわれても、ざるそばのそばとおつゆとどっちが好きと言われているようなもので両方があっておいしいのだが)などと熱々だった。その脚本家の男はアメリカ人プロデューサー(J・パランス)に呼ばれ、チネチッタ撮影所へ。プロデューサーは、脚本の手直しを依頼。そして、彼女を気に入って「家でお茶でも」と誘い、ふたり乗りのオープンカーに乗るように言う。彼は彼女に車に乗って先に行くように言い、自分は後でタクシーで行くからと告げる。

彼は、仕事を受けたのでプロデューサーに気を使って言ったのだが、彼女は気に入らなかった。私を愛しているなら、なぜ後で一緒に行くと言わなかったの。朝はあんなに熱々だったのに、機嫌が悪くなる。彼女にしてみれば「私はあなたのものと思っていたのに、平気で他の男の車に乗せるなんて、私を独り占めするほどの愛が無い」。彼にしてみれば、彼女の気に入ったアパートに住むのにお金が要る、だから「俺は戯曲を書きたいのに、お前のために傲慢なアメリカ人プロデューサーの映画の脚本の仕事をするんだ」という男と女のすれ違い。ふたりの関係が冷えていくのと、ユリシーズのオデュッセウスの話を重ねながら映画を撮るシーンを見る。プロデューサー・監督はじめみんなが、ロベルト・ロッセリーニの[イタリア旅行]を上映している映画館から出てくるシーンがある。この監督もゴダールが敬愛する人である。内容は心が離れかけている夫婦がポンペイ辺りを旅行してよりをもどす話だが、映画のストーリーに皮肉っぽく入れてある。

カプリ島のロケーションがすばらしい。地中海の青い水平線と階段状の屋根と屋上、そこをB.B.が歩くシーンが美しく記憶に残る。その中にジョルジュ・ドルリューの音楽が、悲しいほどに美しく流れる。凄くいい。赤と青は熱愛が冷めていくことをイメージしているかのよう。始めのタイトルは赤で、終わりの文字FINは青である。

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