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森反伸一郎 個展のお知らせ

1999年8月以来の3回目の個展を下記にて行ないます。
ご高覧よろしくお願いいたします。

6月4日(月)〜9日(土)
平日:午前10時〜午後6時(土曜は午後4時まで)
大阪府立現代美術センター 展示室B
中央区大手前3-1-43 大阪府新別館北館
電話06-4790-8520

●地下鉄谷町線、中央線 谷町四丁目駅下車
 1A出口よりすぐ
●京阪天満橋駅下車
 東出口から南へ徒歩12分

展示室B
谷町筋からは
新別館の階段を上がらずに
そのまま新別館に入り
すぐ左のドアから入り進むと
(右は南館のパスポートセンター)
右手にある
JTBのカウンターの奥です。

[トラフィック]スティーブン・ソダーバーグ監督 (USA)

アメリカのドラッグ問題を取り上げた社会派映画。メキシコのティファナの刑事、ティファナから国境を越えてすぐ近くの街サンディエゴの刑事と売人、シンシナティ・オハイオに家庭がありワシントンD.C.でドラッグ撲滅に任命された判事の三つのストーリーが交互に展開していく。多数の登場人物がいるにもかかわらず、それぞれのキャラクターも判りやすくストーリー毎に映像の色のトーンを変えてある。これらのストリーがさり気なくつながっているのもS・ソダーバーグ監督は上手く編集している。

表向きは会社の経営者が大量のヤクを売りさばく密売人だったり、親の愛を十分に受けて育った成績優秀な高校生の判事の娘が、ドラッグに溺れていくような事が普通にありうるアメリカ。現状を変えるのはなかなか困難ではあるが、子供までも蝕む状況をなんとか変えたいという監督の気持ちが感じられる。 それぞれのエンディングは少なからず希望があるが、特に野球のシーンが心に残る。危険も省みず仕事に徹するティファナの刑事役、アカデミー助演男優賞のベニチオ・エル・トロがカッコイイ。

[ショコラ]ラッセ・ハルストレム監督 (USA)

ルストレム監督の作品 [マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ] [ギルバート・グレイプ] [サイダー・ハウス・ルール] いずれも少年期から青年期へたくましく育つ姿をあたたかい眼差しで見つめる映画だった。この「ショコラ」は今までとは違うテーマである。

新しいことは何一つ起らないような古いままのフランスの小さい村。快楽は悪であるというキリスト教のストイックな教えに従い教会へ通い。神を信じないとか、懺悔をしない、お経など必要ないなどと言う者は人間と認められないなど。古い因習に囚われ、よそ者は受け入れない保守的で狭量の村人。そんな村に各地を転々としていた未婚の母と娘がやって来てチョコレート・ショップを開く寓話。あらゆる人を受け入れ、心を癒し元気づけていくこの心の広い母がまさに本来のキリストの化身である。人々を幸せにして、そして彼女自身も幸せになるいいお話。

ダンスのシーンの曲がヴェンチャーズのカヴァーでも有名なデューク・エリントンの[キャラバン]が流れる。アレンジがアコースティックのギターによるラテン・スタイルになっていて新鮮だった。「ヴィーナスの乳首」というチョコレートが出てくるが、味見をしてみたいものである。見終わった後は、その店のチョコレートを食べたようなほんのり幸せな気分になる。

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、スリラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載021
いちご白書[The Strawberry Statement]USA 1970
監督:スチュアート・ハングマン

出演:キム・ダービー、ブルース・デイビソン

60年代後半は大学闘争の激しいときだった。ニューヨークのコロンビア大学あたりから起って、世界に広がったようである。日本でも東大安田講堂の闘争など、記憶に残っている。へルメットを被って闘った多くの学生と私は同世代であるが、映画の主人公同様、私もノンポリだった。通っていたデザインスクールは闘争の[と]の字もなかった。デザイン科の学生らしく、当時売れっ子のイラストレーターの横尾忠則、宇野亜希良、和田誠、大橋歩、黒田征太郎、ピーター・マックスなどで誰がいいとか。ビートルズとストーンズとジミヘンとクリームなどがどうとか。クラスメートで、鮮やかな黄緑のミニのワンピースの娘がスタイルがいいだとか、ブラジャーが透け透けの薄いシャツを着た髪の長い娘が大人っぽくセクシーとか、紺の絞り染めのTシャツに白いミニスカートと紺地にマディソン・スクエアー・ガーデンの白い英字の入ったバッグでコーディネートした娘が清楚でいいなどと、そんな話で明け暮れていた。

この映画はコロンビア大学の闘争が原作だが、サンフランシスコにロケ地を移してつくられている。同世代のアメリカの学生のキャンパスライフやアパートの様子や生活ぶりが見られて興味深かった。ボート部員で毎日練習に励むノンポリの学生だった主人公のサイモンが、学生運動に首をつっこむきっかけは、授業やボートの練習がサボれる、流行に乗り遅れないようではなく、校内のバリケードの中から食料調達のために出てきたかわいい娘に一目でノックアウト、動機がノーマル?である。サンフランシスコに行ったとき、広い芝生の真ん中にポプラの樹のあるノース・ビーチのワシントン・スクエアーがロケ地だったのを見つけてうれしかったのを覚えている。

この頃からの傾向である、既製のロックがサントラとして多く使われている。ジョニ・ミッチェル作曲でバフィー・セント・メリーが歌った主題歌の[サークル・ゲーム]。CSNYの[ヘルプレス]をはじめ数曲。部屋に帰って来て、レコードに針を落として流れるニール・ヤングの[ダウン・バイ・ザ・リヴァー]は、この映画を見て気に入って、今でも良く聞いている。ちょっとぎこちない彼のギターがカッコイイ。ホールに学生が集まって輪になりジョン・レノンの[ギヴ・ピース・ア・チャンス]を歌うクライマックスのシーンは、当時の私にはビシバシと感動的であり、学生が警官に殴られ引っぱりだされるのに心が痛んだ。映画を観てから暫くして、私はサイモンと同じようなステンレス・フレームのメガネにベルボトム・ジーンズで街を歩いていた。


連載022 
死刑台のエレベーター[Ascenseur Pour L'echafaud]フランス 1957
監督:ルイ・マル

出演:モーリス・ルネ、ジャンヌ・モロー、リノ・バンチュラ

私はあまり大事なものを忘れた記憶はないが、東南アジアの島へ行ったときの事。着いた当日は予約をしていたホテルに泊まり、次の朝他のビーチへ行こうとタクシーに乗った。その運転手がトランクに入れたスーツケースを降ろすのを忘れて、そのまま行ってしまったことがあった。「あっ、オーイ待って!」と叫んでもすでに遅く、暫くして別のタクシーを捕まえ事情を伝えてもと来たホテルに帰ってもらった。車中で私がまいっているのを気づかって、運転手のおじさんは「大丈夫必ず見つかるから」と慰めてくれた。乗ったところのホテルに帰ってドアマンに聞いたら、小さい島だったので、どのタクシー会社の誰かが判った。1週間、着の身着のままにならずに過ごせて良かった。おじさんの言葉に救われたという感じだった。滞在中にタクシーに乗るときは、感謝の気持ちでおじさんに電話をして何度か来てもらった。

忘れ物が命取りになることがある。主人公は忍び込んだときのロープを外すのを忘れ、それを車の中から見て気が付き、車のキーを取るのも忘れオフィスに戻る。エレベーターで上がろうとしたときに、みんな帰ったと思った警備員に電源を切られ閉じ込められる。その間に車を盗まれるが、その中には決定的なものがあった。忘れ物をしたことによって完全犯罪が崩れていく。

来るはずの愛人が約束の時間に現れない、J・モロー扮する社長夫人が彼を探して夜の街を彷徨う。そのバックにマイルス・デイヴィスのクールなトランペットの音が流れていた。不安な気持ち、パリの夜の街、モノクロームの画面にマイルスのサウンドが見事に合っていた。クラシック音楽が主流のヨーロッパで、当時ジャズをサントラに使ったのはすごく新鮮であっただろう。耳のつけどころが違う25歳のルイ・マル監督の新しい感覚で、ヌーベル・バーグの存在を世界へアピールする。初めて見たときすごく気に入ったエンディング、クールである。

当時の週刊誌「平凡パンチ」より転載