印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、スリラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載025
刑事ジョン・ブック/目撃者[Witness]USA 1985
監督:ピーター・ウィアー

主演:ハリソン・フォード、ケリー・マクギリス、ルーカス・ハース

アーミッシュという人達をこの映画で知った。アメリカ独立宣言の地ペンシルベニア州フィラデルフィアの西、電気や電話は使わず、移動の手段は馬車、農耕も馬を使って生活している。結婚した夫婦の家を村人が総出で一日で作ってしまう映画のシーンのような、大きな仕事は村の共同体で行い、外の世界との接触は極力遮断して頑なに伝統を守り独自の信仰と質素な生活様式を続けている。服装も男は白や青、緑のシャツに黒のベストとパンツ。女は長いスカートにエプロン、ヒモのある小さな帽子を被っている。オランダの画家フェルメールの絵に出てくるようなスタイルだ。慎ましく、清々しく美しい。映画のイントロの草原の中を彼らが歩いているシーンなどカメラが美しい。

フィラデルフィア駅のトイレで殺人現場を子供が見てしまうシーンは、初めて見たときはハラハラして引き込まれた。この少年サミュエル君がいい。列車の窓から外の世界を見るシーンはとてもかわいい。警察で飾ってある新聞記事の写真をそっと指さす。犯人を知ってしまった刑事ジョン・ブックは射殺されそうになり、アーミッシュの村で匿われ治療をする。その間に少年の母親と恋心が芽生える。しかし、独自の伝統的生活をしている母子を外の世界に連れ出すのをためらう思いやりと、この村で生きて行く自信のない自分の葛藤。彼が少年に木のおもちゃを作り、鳥の巣箱を直しているのを見て彼女は彼が村を出ていくのを知る。お互い押さえていた気持ちが一気に燃え上がり、無言で強く抱き合いながらの激しいキスは官能的で切ない。

相思相愛でありながら叶わぬ恋は、さまざまにこの世にあるであろう。じっと見つめあう二人の眼差しのちょっと長い「間」に、彼の心の揺れを見る。この長さがいい。納屋でカーラジオから流れるサム・クックの[Wonderful World]で、恥ずかしがる彼女の手をとって踊るシーンもよかった。


連載026
道[La Strada]イタリア 1954
監督:フェデリコ・フェリーニ 
主演:ジュリエッタ・マシーナ、アンソニー・クイン


馬鹿力だけが取柄で、自分本位で思いやりのない、いつも怒鳴り散らしている粗野な男。最近86歳で亡くなった、アンソニー・クインが素晴らしく演じていた。ちょっと知的障害の女ジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナも天使のように純粋でよかった。散々ガミガミ怒鳴られて、我慢して我慢して世話をしているのに、グズグズ泣いている彼女を置き去りにして数年後?、浜辺でジェルソミーナがよく口ずさんでいた?曲を聞いて、彼女の死を知り野獣のように号泣するシーンは忘れられない。

この切なく美しいメロディの[ジェルソミーナ]が心にしみこむ。ニーノ・ロータの作曲だが、フェリーニは彼が亡くなるまで、ほとんどの映画の音楽を彼に依頼していた。映像と音楽が一体だった。その他の監督の映画音楽も[太陽がいっぱい][ロミオとジュリエット][ゴッドファーザー]などがありいずれも甘美である。

空気や水は大切だが存在を意識しないように、共に暮らしている人のことは、いて当然のように思ってしまい思いやりを忘れがちである。失って初めて自分にとって大切だったと悟るが、既に手遅れである。 この映画で大切なものを改めて認識する。

What's News

  

ドラゴンの卵、大阪市内で発見!?

という大阪スポーツ的見出しで引き付けておいて、読んでもらうというヤマシイレポート。 ここ3〜4年毎年私のところで生んでいる。最初の年は夕方帰ってきたら、あるはずの卵がなくなっていてカラスにでも食われたようだ。2年目は知らない間に排水溝から物置に入って生んで、雛に孵っていたが、マンションの改装で塗装の溶剤にでもやられたのか死んで腐乱していた。それでも、ペアの親鳩がいたのは、親として立ち去りがたかったのか。去年は写真と同じところで、小枝を5、6本敷いただけの簡単な巣で長い間温めていたが孵らなかった。

たいがいこれだけ失敗すれば、場所を変えそうなものだが、今年もバタバタとやって来た。エアコンの室外機を吊り下げるバーの上に乗って巣作りをする前は興奮しているのか、ここに決めたと言っているのか「ウーウーウー」うるさく鳴く。雄が小枝を運んでくるようだ。しかし、幅5センチ程のところに小枝を置こうとしていたが、バラバラ落ちるばかり。私も「そんなところで卵を産んだかて落ちるで」と目と鼻の先の鳩の顔を見て言ってやったが、頑固な老人の如く聞く耳を持たず暫く続けていた。

ベランダにはかなりの小枝が散らばっていた。結局あきらめたようで写真の位置に落ち着く。ご覧のとおり今年の巣は落ちた小枝をたくさん集めて出来ている。 6月17日1つの卵発見。19日には2つになっていた。私が近寄ると家賃の集金に来たのかと思ってか、慌てて逃げる。卵はほったらかしでエエの?。7月になってから1つなくなっていた。また、カラスか?結局じっと温めていたが、雛は孵らずきっちり3週間目の日に雄が来た。「もうアカンし行こう」と言いに来たのか。しかし、すぐには諦めきれないのか、暫くベランダの手すりに留まっていたが、2羽そろって飛んでいった。

鳩にすれば卵を産んで、雛を孵して子孫を残すことは、最も大切なライフワークである。何度失敗しようが、諦めないで続けるであろう。人間も同じだが、ずっと複雑である。人生観が多様化している。自分のライフワークを定め、諦めずに続けることを鳩を見ていて思った。