日本庭園を巡る[4]大徳寺

京・紫野の大徳寺の枯山水庭園を訪れる。枯山水は秋も深くなり侘びしさを増していい雰囲気である。
いちばん見たかった龍源院方丈南庭は、運悪く当日は閉まっていた。
ここは苔の美しい初夏にまた訪れるとして、大仙院と瑞峯院へ行く。
ひととき侘びさびの雰囲気をお楽しみください。

大仙院
大徳寺は応仁の乱の直後の永正6年(1509年)に開かれた室町時代の代表的な枯山水庭園と方丈建築を有する寺である。室町時代初期頃より禅宗の影響を受け、庭園の形態が岩と砂で抽象的となる。
この方丈のまわりは枯山水庭園であるが、北東の角に山岳がある。(左写真奥)蓬莱といい中国の伝説で仙人が住む深く険しい霊山である。立っている岩は滝である。水は方丈北側の中海と東の川へと分かれて流れる。 左写真は東庭で石橋の下をくぐる、川の流れが表わされている。

下の写真の石の前の部屋は豊臣秀吉と千利休がお茶した茶室がある。そのとき秀吉が利休に「花を生けてみゃー( 名古屋弁のつもり)」と言った。茶室には床の間の元祖となる板のスペースがあり、そこに花を生けるのが普通であるが、エキセントリックな利休はその石に水を打ち、そこに生けたそうである。秀吉は意外なパフォーマンスに喜び「うみゃーじゃにゃーきゃー」と言った?。

左写真=川は寺でよく見られる窓のある透渡殿の下をくぐり、堰を落ちて大河となる。宝船が浮かび、小亀が泳ぎ、向こうに山を見ながら水は流れ方丈南側の大海へ至る。壁際の植込みは余計な感じで枯山水の雰囲気を壊している。前に見た写真にはこの植込みはない。

方丈南側の大海。煩悩やこだわりを捨て行きつくところの無の境地が、この大海である。
本当にシンプルな庭である。石畳に沿った長いストライプは波の打ち寄せるさまを表している。砂盛りは、店の入り口に見かける塩盛りと同じで縁起ものらしい。右手奥にナツツバキ別名沙羅双樹がある。

瑞峯院
方丈は天文4年(1535年)に建造されたものだが、庭は新しく昭和36年(1961年)重森三玲氏が作庭。寺号の瑞峯をテーマとした蓬莱山式庭園。中国の禅語から銘じられ独坐庭と呼ばれる。
この枯山水は蓬莱山の山岳から半島になり、大海の荒波が表わされている。行ったことは無いが日本海の東尋坊のような、激しく打ち寄せる荒波にもまれながらも悠々と独坐している大自然の姿である。

下の写真は方丈の北の庭。「閉眠高臥して青山に対す」の禅語から銘じられ閉眠庭と呼ばれる。開基大友宗麟公がキリシタン大名として知られている事にちなんで、石の流れが十字架に組まれているそうだが、あまり分からない。こちらも重森三玲氏の作庭。

独坐庭の右端。抽象画のよう

芳春院
深まる日本の秋の風情。

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、ホラー、ミュージカル等々好みのタイプでいろいろです。
私が見た好きな映画100本の印象を綴りながら連載しています。遥か前に見た記憶なので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。

連載035
トキワ荘の青春 日本 1996
監督:市川 準
主演:本木雅弘、大森嘉之、古田新太、生瀬勝久、阿部サダヲ、きたろう 他

私の子供の頃、週刊誌の「少年サンデー」「少年マガジン」は1959年=昭和34年頃に創刊されていたが、まだ月刊誌が主流だった。「少年」「少年画報」「少年クラブ」「冒険王」などがあり、私は「少年画報」を購読、近所の友達が「少年」を購読していて、交換してどちらも見ていた。「少年」には「鉄腕アトム」「鉄人28号」などが連載されていて、「少年画報」には「赤胴鈴之助」「まぼろし探偵」などだった。私は探偵のもが好きで黒いアイマスクをつけた「まぼろし探偵」とハンチング・ハットにトレンチ・コートを着た「ビリー・パック」を愛読していた。月刊誌には毎月付録が付いていて、特に、12月上旬に発売される新年特大号には10大付録が付いていた。学校が終わって明日は日曜という土曜日の午後は、いちばんくつろぐとき。家へ帰って炬燵に入り、おやつを食べながら付録が挟まれた分厚い新年特大号を開くときが、なんと至福のときだったであろう。懐かしき思い出である。

そんな少年の夢を育んでくれていた漫画家も1955年=昭和30年頃は青春真っ盛りだった。東京、豊島区椎名町に漫画家の集まるトキワ荘アパートがあった。住人の手塚治虫はすでに売れっ子で、彼を慕っていた若い漫画家石森章太郎や赤塚不二夫などが住んでいた。石森章太郎も忙しく、まだあまり仕事のない赤塚不二夫は彼の作品のベタ塗りを手伝ったりするシーンが出てくる。トキワ荘のセットはいろんな人に話をもとに、かなり忠実に再現されたそうだ。

ある日、高校生の安孫子と藤本が、手塚治虫に自分たちの作品を見てもらおうと冨山からやって来る。ご存知、後の藤子不二雄である。手塚さんは締切が迫ってホテルにこもって制作のため部屋にいなかった。どうしようと戸惑う二人に優しく声をかけるのが、モックン扮する寺田ヒロオである。三人が四畳半の部屋に並んで寝るシーンは温かい。高校を卒業した二人も上京して、アパートの住人になる。少年サンデーに連載の寺田ヒロオの「スポーツマン金太郎」は好きで良く見ていが、彼らしい優しさで子供たちに夢を見せてくれた。若き漫画家達は寺田ヒロオ中心に仲良く助け合い、自分の目標をめざす純真な姿が清々しい。戦後10年のこの頃は、日本人全体が貧しくても上をむいて元気に生きていた時代だった。


連載036
真夜中のカーボーイ[Midnight Cowboy]USA 1968
監督:ジョン・シュレシンジャー
主演:ダスティン・ホフマン、ジョン・ボイド

この映画を見たのはデザインスクールに通っていたころで、希望に満ちていた頃である。ジョン・ボイド扮する主人公も希望に満ちあふれていた。テキサスの田舎にいるより、ニューヨークに行けば女と寝ると金になる。戯言を真に受けて、ピカピカのカウボーイ・スタイルでバスに乗る。地元では「カッコイイ、素敵」と言われても、アメリカ人がマールボロの広告のカウボーイに憧れていても、泥沼のベトナム戦争の最中、逞しさの象徴のカウボーイ=アメリカの輝きは失われつつあった。イギリス人のシュレシンジャー監督は外から冷ややかにアメリカを見ている。

思っていた仕事はうまくいかず、所持金を使い果たしてホテルを追い出される。見知らぬ街で独りで生きていくのは寂しい。まして、競争が烈しく冬が寒いニューヨークはなおさらである。高層ビルの立ち並ぶ都会の日陰で鼠のように生きる男ラッツォ。初め彼にお金を騙し取られたのだが、孤独な者同士が廃墟のようなビルで寄り添って生きていく。

グレイハウンド・バスでフロリダに向かう二人を見てから5年後、初めてアメリカに行ったとき、ニューヨークの8番街のバス・ターミナルで「MIAMI」の文字がバスの頭にあるのを見てこの映画を思い出した。夏の時期に1ヶ月乗り放題のアメリパスで各地を回ってから、サンフランシスコで3〜4ヶ月を過ごすと、毎日の生活が単調に感じるようになってきた。英語の学校やコンサートや日本、ヨーロッパ、アメリカ各地から来てホテルに逗留している人達との交流も面白いが、そろそろお金も無くなって来ていた。このまま居たらズルズルと日本食レストランなどでバイトをして生活費を稼ぎながら、あまり英語も話さず、街の日本人コミュニティの中で2年3年と暮らす旅行者のようになってしまう気がした。そんな日本人が周りに多く見かけられた。

12月下旬にもう一度、夏に行かなかったフロリダまで2週間の旅をして日本に帰ろうと決める。アメリパス2週間のバス代を友人に借りて、サンフランシスコよりリノ、ラスベガスへ乗り継いだ。あまりお金がないので、夜はバスで移動して一気にラスベガスからオクラホマ・シティまで乗り、尻が痛くなってそこで降りた。その後メンフィスで一泊してマイアミへたどり着く。フロリダの冬の空はどんより曇っていて、マイアミ・ビーチは貧乏な旅行者には面白くもなんともないところだった。ハワイのワイキキよりももっと人工的で、高層のホテルとヨットハーバーがずーっと並んでいる。ほとんどがホテルのプライベート・ビーチになっていて、パブリック・ビーチは端っこにあった。冬のせいか泳いでいる人もほとんどいなかった。それでも、アメリカ最南端のキーウエストはあまり観光化されていなくて、ヘミングウェーが「老人と海」を書いた家と桟橋で多くの人達が一緒に夕焼けを見て歓声をあげるぐらいだが、暖かくリラックスできた。

フロリダはアメリカ人、特に東海岸の人達のあこがれのところだが、ラッツォは行ったとしてプールサイドでくつろげただろうか?コートがいらないだけでも、ましかなと思った。ニルソンが歌う[噂の男]やトゥーツ・シールマンスのハーモニカは、今聞いてもしみじみと心に響く。

What's News

[アメリ] ジャン・ピエール・ジュネ監督 (フランス)

クリスマス、お正月の映画はハリー・ポッターの魔法の旋風で大阪・梅田だけでも4館も上映中である。へそ曲がりの私としては、メジャーをはずして[アメリ]を見る。しかし、これも人気でロフトにあるテアトル梅田の2館とも上映する力の入れようである。

ジュネとキャロのコンビが作り出す世界は、へんてこなおかしさに溢れた[デリカテッセン]と[ロスト・チルドレン]と、見ていないがハリウッドからお声がかかって制作した[エイリアン4]そしてこの[アメリ]である。カフェで働く好奇心いっぱいの女の子の好きなことは、パリの運河で平たい石を投げて跳ばす水切り、何度かいい石を見つけては拾うシーンがある。表面に焦げ目をつけて固めたお菓子を食べるときにスプーンで潰すこと。八百屋の店先にある豆の入った箱の中に深く手を入れることなど、ささやかな楽しみの日々。そしてそれだけではなく、いたずらのような親切でまわりの人達を元気にしていく。

部屋の中のシーンはいつものこってりとした映像だが、個性豊かな人達の表情をアップで撮ったショットはイキイキとしていていい。私が知らないだけかもしれないが、モンマルトルの公園の中と公園から見下ろすパリの街や駅の構内などのパリの風景が新鮮に見えた。3分間証明写真を面白く扱っていて、謎のスキンヘッドの男の話、そしてスクラップ・ブックがとてもグーである。 [デリカテッセン]と[ロスト・チルドレン]と比べるとアク抜きされて、ひたすらかわいい。見たあとは、ほんわかとして、毎日の生活に自分なりの楽しみをいろいろ見つけ、ささやかな幸せを感じたい気分になった。[アメリ]を見ることもささやかな幸せ。

アメリのサイト