太陽の誘(いざな) コリン・ナトリー監督 (スウェーデン)

50年代のスウェーデン。何かの事情で読み書きの出来ないまま中年にさしかかる男が、その事を知られないように、人との付き合いも避け、こつこつと農業をしていた。そんな訳で女性と知り合うことも無く、母が亡くなって以来一人で生活をしていたが、妻を得たいために家政婦募集の求人広告を出す。そこへ、洗練された都会的な女性がやって来る。彼女にも都会を離れたい訳ありの事情があった。そして、お互い自分の負い目を隠しながらふたりの生活が始まる・・・原作はイギリス人でこの監督もスウェーデン在住のイギリス人。音楽も スコットランドかアイルランドの優しく美しい響きの音が流れる。
動植物のアップと田園風景のロング。田舎の男と50年代ファションが素敵な都会の女。古い農家と50年代最先端の色鮮やかなアメリカ車などコントラスト鮮やか。緑あふれる中の一本道に雲の陰がすーっと流れていくシーンやスウェーデンの白夜の季節を美しく撮影したカメラワークに魅せられる。
純朴なおじさんと女性がお互いに遠慮がちに気を使いながら、少しずつ相手を知り心を通わせていく。そんな二人の様子を見ながら、しあわせな気分になれる官能的な大人の恋物語。

印象に残る映画は人それぞれです。生い立ちや見たときの状態で共感したり、目に焼き付いた映像、忘れられない台詞、的を得たグッとくるサウンド、主人公に感情移入する演技やストーリー展開。アクション、コメディ、スリラー、ミュージカルなど、映画のタイプの好みでいろいろです。
私が見た好きな映画100本を選んで印象を綴りながら連載します。月1本だと9年もかかるので数本づつする予定です。遥か前に見た記憶で書いているので思い違いがあると思います、お気づきの点や共感されたこと、違う見方のご意見がございましたらメールをお願いします。


連載003 
太陽がいっぱい [Plein Soleil]フランス・イタリア 1960      
監督:ルネ・クレマン 
主演:アラン・ドロン マリー・ラフォレ

60年代頃は今と違って映画のためのサウンドトラックが作曲され、オーケストラで演奏されたものが、大半だったように思う。夏になると、ラジオでよく夏の曲特集で海、渚や太陽などがタイトルになった曲が流れていた。「太陽がいっぱい」はその代表的な曲で、ニーノ・ロータ特有の哀愁のある美しい曲である。カセットテープに入れていて今も時々聞いている。

私の記録によると1968年の8月にここも今は無い阪急文化で見ている。当時、そこには係の人がハンドルを回して床とエレベーターの床を合せるような古いエレベーターがあって、ノスタルジーな映画へのプロローグのようでもあった。

アメリカのTVドラマを見て育った世代の私には、イタリアの古い街並み、でかいリラ札、アパートのインテリアや女性のシックな雰囲気など見るものみんな新鮮だった。アラン・ドロンの胸のペンダントや素肌にシャツを着たり素足に靴を履くのもかっこいいと思った。

親の依頼でアメリカへ連れて帰る息子は、絵の勉強と称してイタリアでぶらぶらして親の金を使い放題の放蕩のかぎりだった。貧しい人生を歩んできた彼には眩しすぎる太陽のように見えただろう。おまけに美しい彼女を連れている。人生は生まれながらに不平等であるが、周りの事など見ず自分の道を歩むだけである。しかし、彼は他人の道を歩もうとしてしまった。翳りのあるハンサムな青年、ときにはハングリーな狼のような表情をみせるアラン・ドロンにぴったりのはまり役、哀愁の美しいメロディー、そしてあっと驚く鮮烈なエンディング。これらがパーフェクトにブレンドされて忘れられない映画となった。

フランス映画をリメイクしたアメリカ映画がいくつかある。恐怖の報酬、赤ちゃんに乾杯=スリーメン&ベイビー、ニキータ=アサシンなどどれも元の映画を超えたものはない。太陽がいっぱい=今上映中のリプリーはまだ見ていないが、アラン・ドロンVSマット・デイモンでは見る前から「役者がちがう」感じがする。


連載004 
ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間      
[Woodstock 3Days Of Peace Music And Love] USA 1970  
監督マイケル・ウォドレー

高一の頃、テレビで国際ニュースを見ていたとき、こんなニュースが流れた「アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコにヒッピーという若者たちが出現しました。彼等は仕事もせず、街頭でギターを弾いて歌を歌ったり、絵を描いたりして過ごしています・・・」これを見て単純に私は「アメリカってなんていいところなんだろう。ヒッピーってええなぁ」と思った。そして今望みがかなって、仕事がない私は仕事もせず、家で絵を描いたり音楽を聴いたりして、ヒッピー的ハッピーな日々をビンボーに過ごしている。

当時アメリカはベトナム戦争に突入していて、若者は徴兵で戦場にかりだされるという現実があった。その反動で Love & Peace のムーブメントが起って全米へ拡がり、だんだん様式化されてヒッピースタイル、サイケデリック・アート&ロック等として世界中に拡がっていった。スコット・マッケンジーの[花のサンフランシスコ]もハッピーでよかったが、ジェファーソン・エアプレインの[Somebody to Love]を初めて聞いたときは、ビートルズの体験とはまた違う衝撃だった。次々とロックバンドが新しいサウンドを創りだして行く中、69年夏にニューヨーク近郊のウッドストックで40万人というとてつもない数の人が押し寄せて開かれたコンサートがドキュメント映画となった。

コンサートの1年後の70年7月に梅田の東映パラスで見ている。えらい迫力に圧倒されて見た後も興奮さめやらずという状態だった。ジミー・ヘンドリックス(以下ジミヘン)、ザ.フーやテン・イヤーズ・アフターは知っていたが、知らないシンガーやバンドのほうが多かった。そのなかで、サンタナのパフォーマンスのノリの凄さ。スライ&ファミリーストーンのエネルギッシュな迫力。今はすっかり無いがジリジリのロングヘアーにサイケな時代を表現していた絞り染めのTシャツを着たジョー・コッカー。搾り出すようなハスキーヴォイスと奇妙なアクションがなんとも強烈。そしてジミヘンの演奏する抽象画のようなアメリカ国歌[スター・スパングルド・バナー]は、ベトナム戦争を続けるアメリカ政府に対して若者の怒りと悲しみを代弁するギターのメッセージで斬新だった。最近、RCサクセションが「君が代」をロックのアレンジで奏っていたが、同世代の忌野清志郎もおそらくこのジミヘンを見て感じていたであろう。

聴衆はライブ以外にも雨乞い?(雨が止むための?)の合唱や泥んこ滑り、裸になって池での水浴び、草むらで抱きあうカップルなど自由で楽しそうな、まさに愛と平和の三日間のドキュメントである。


梅田の東映パラスの並びのシネマアルゴ梅田でウッドストックは無いが、[ Music Softens Our Minds]というテーマで8本の音楽映画が9月から10月始めまでレイトショウで上映される。
[真夏の夜のジャズ]1959アメリカ 9/9〜12 21:00〜
[BLUE NOTE ハート・オブ・モダン・ジャズ]1998ドイツ 9/13〜15 21:00〜
[ボブ・マーリー/伝説のパフォーマンス]1998ドイツ 9/16〜19 21:00〜
[ジャンベフォラ聖なる帰郷]1991フランス・ギニア・アメリカ合作 9/20〜22 21:00〜
[ティンク・ティンク]1994日本 9/23〜26 20:30りんけんバンドのライブと沖縄の映像
[ワイト島1970]1995アメリカ 9/27〜29 20:30〜 60万人が集まったコンサート
[ジャニス]1974アメリカ 9/30〜10/3 20:30〜 彼女のライブとインタビュー
[ワン・プラス・ワン]1968イギリス 10/4〜6 20:30〜
            ゴダールがストーンズの録音を撮影
料金:当日1,400円 3回券3,300円 お問い合わせTEL06-6343-1691